令和3年度秋季研究発表会 プログラム(要旨あり)

日本歌謡学会 令和3年度秋季研究発表会 プログラム

期日 令和3年 10月23日(土)
会場 清泉女子大学(Zoom併用)

研究発表会 
13:30~16:10  2号館 240教室

●開会の辞                             清泉女子大学 姫野 敦子

  1. 久米歌「神風の伊勢」の一考察
                                    大東文化大学 石川 久美子
  2. トン(侗)族の歌掛けの生態とその表現―琵琶歌の場合―
                                     関西外国語大学 牛 承彪
  3. 前田林外の民謡研究について
                                     関西外国語大学 米山 敬子

●閉会の辞                           日本歌謡学会会長 米山 敬子

※オンラインでご参加の方は、次のgoogle フォームを利用して出欠をお知らせください。
   (出欠の締め切りは10月4日です。)

 https://forms.gle/WsCZtpvJ4qYgvBTr9

研究発表要旨

1.久米歌『神風の伊勢』の一考察 

大東文化大学 石川 久美子

 非公開

→ プログラムに戻る

2.トン(侗)族の歌掛けの生態とその表現―琵琶歌の場合―

関西外国語大学 牛 承彪

 トン族は主として中国の貴州省・湖南省・広西チワン族自治区の隣接した地域に居住している。雲貴高原の山地という自然環境の中、血縁関係を持った大家族を中心に作った村落は川沿いや山間に点在する。一定の閉鎖性を持つが、一定の範囲では互いの交流が行う。このような自然・社会環境はトン族文化の形成にも影響を与えたものと思われる。その一つが歌掛けの文化である。ユネスコ無形文化遺産として登録された「トン(侗)族大歌」はトン族南部方言地域の歌掛け文化の集合体ともいえる。本発表ではその中の「琵琶歌」に焦点を当てて考察を行うことにする。

「琵琶歌」は、琵琶を弾きながら歌を歌うことに由来する。琵琶はほぼトン族全域に分布し、種類が多く、使う場も様々だが、ここでいう「琵琶歌」は狭義のもので、男女の掛け合いの場で歌うのものを指す。夜になると、若者は娘たちの泊まる「月堂」に訪れて歌掛けを行うが、この習俗のことを現地では「行歌坐月」という。「行歌坐月」はトン族の地域では一般に行われていたが、南部方言地域では琵琶などの楽器が伴うのが特徴である。同じ南部方言地域でも「琵琶歌」は旋律・歌詞・歌唱法などの面において異なる特色がみられる。現在大きい種類として「六洞琵琶歌」「平架琵琶歌」があるが、それ以外に一部の村落だけで歌われるものも数多い。改革開放後、中国の発展はトン族の社会にも影響を及ぼすようになり、「行歌坐月」の習俗は徐々に衰退し、現在はその姿が見えなくなった。「琵琶歌」もその場が失われたため消失の途にたどっている。十数年前から「琵琶歌」は文化保護や観光化の機運に乗じて回復の兆しが見えたが、はやり舞台や宴席の余興として歌われる程度に過ぎない。

「行歌坐月」の場で歌掛けはどのように展開されたか、すなわち「琵琶歌」の元来の生態はどんなものであったかを知るため、筆者は二〇一四年(貴州省黎平県岩洞鎮岩洞村)と二〇一五年(貴州省黎平県洪州鎮平架村)に「行歌坐月」の経験者に頼んで「六洞琵琶歌」と「平架琵琶歌」を再現してもらった。本発表ではこの時の再現動画やこれまで収集した関係資料及びインタビューに基づき、「行歌坐月」(「琵琶歌」)の全体像を描くと同時に歌掛けの構造及びその表現について考察を行う。

→ プログラムに戻る

3.前田林外の民謡研究について

関西外国語大学 米山 敬子

 前田林外(一八六四~一九四六)は、明治三九年一一月から、『白百合』第四巻を「民謡号」と名付けて、詩友や読者につのり、日本全国の民謡の収集・発表に努めた。その成果は、明治四〇年に『日本民謡全集』(三月刊)、『日本民謡全集続篇』(一一月刊)としてまとめられた。この全国を網羅した「民謡」の蒐集と紹介をしたこと、さらに「民謡」を題した全集を刊行したことは、その後、「民謡」の語が広く一般に周知され用いられるようになった事実にとっての大きな業績であり、前田林外は、日本歌謡研究の研究対象として、正しく位置づけられるべきである。

 そのためには彼の著作の全調査が必要になるが、著作と関連資料の年表が、すでに昭和女子大学近代文学研究室の『近代文学研究叢書』第五八巻(近代文化研究所)に掲載されている。また、国会図書館データベース等に新たな情報も出てきた。

『白百合』廃刊の同年、雑誌『文章世界』(第二巻第七号、博文館)に発表した「沼廻り」と題する短編は、印旛沼での民謡蒐集の実体験を元としていると思われる。明治四二年、同じ『文章世界』に「民謡談」がある。これは、『日本民謡全集』に採用された日本の民謡の地域分類を解説したものであり、林外の編集を裏付けている。明治四三年の『中学世界 文藝号』(第一三巻一五号、博文館)には「民謡採集記」を載せる。これは、房州那古での民謡収集だが、民謡がローマ字表記されている。

 大正期には、『音楽界』『詩歌』等に頻繁に外国詩の翻訳を載せるが、一方で、『郷土研究』に民俗的な報告(例「神崎森の下」)や民謡解説(例「潮来と民謡」)を寄稿し、『詩歌』には「蒙古民謡」の翻訳の他、「近松の戯曲に含まれたる民謡」のような近世戯曲中の民謡を対象としたものも執筆している。

 本発表では、これまで注目されてこなかった著作を通して、前田林外の「民謡」に向かう姿勢を分析する。

→ プログラムに戻る

タイトルとURLをコピーしました